幻品河豚

仕事から帰ると

つぶらな瞳で迎えてくれる





所作一つ一つが愛くるしい



私は

もう



あなた達の虜です









先日買ったミドリフグですが



変なお香を焚くより
よっぽどリラクゼーションが
得られるのではないか




学さえあれば
論文を書きたいところです







そんな彼女らのために


ちょっとオシャレな





鉢を買ってきました




そしていつものように




私の帰りを待つ

彼女たちに






「ほら!かわいい鉢買ってきたよ」








ミドリフグホームに


目をやると








なにやら妙な目つきをした二匹






あのつぶらな瞳はいったいどこへ…





築地市場



午前11時半
場内閉場間近にであった刺客








発泡スチロールの中で
売れ残り



買ってくださいと
私を睨めつけてきた





エボダイ





それに


似つかわしい


目つきをしていました。















もう


既に



息はありませんでした








私は足元に鉢を落とし

そのまま腰から崩れ



九畳の想像以上に冷たい
フローリングを


大粒の涙で濡らしました。



一言




一言だけ言ってほしかった







「水…もう変えてください…」








以下



東急ハンズ 某店の店員の教え

「食塩水でスグに飼えますよ」





以下

東京海洋大学所属
フグの先人達の教え



「水槽を準備して1〜2週間ろ過器(フィルター)を動かしたらフグを入れて良い、と書かれている飼育書がありますが、そんなことはあり得ません。水替えや、バクテリアの素を入れたりして対処すると書かれているものもありますが、それはフグの強さに頼った、運任せな飼育方法です。とても安全に飼育しているとは言えません。」

 


「フグを連れてくる「40日前」に準備を始めましょう。」









たかだか
東急ハンズのいち店員を信用した



私が浅はかでした



あなたは
椅子でも売っていてください









今日は大好きな彼の誕生日





三日前から慣れない手つきで

オレンジページ1月号を見ながら作った



彼の大好きなシフォンケーキ




それを持って三軒茶屋の彼が住む
木造アパートへ


質素で慎ましい二人の関係だけど



こんなささやかな一時に
幸せを感じる彼女



まだ彼はバイトの時間だけど


内緒でこっそりサプライズをしようと


彼の部屋で待ち伏せを計画




アパート2階の一番奥の彼の家



扉をあけると





そこには






知らない女に









腕枕をしている彼





ケーキを手に持ち

玄関に立った彼女を見た彼が放った一言





「し…親戚なんだ…」





茫然自失と立ち尽くす彼女


足元にシフォンケーキを落とし



泣きながらアパートの階段を降り



途中さっき買ったリップクリームを落とし


人ごみの中



空を見上げると


世田谷線の架線の無機質さが

胸に突き刺さる一月の寒空







そんな思いをしている彼女と










私は




おんなじ気持ちです






そして



三軒茶屋駅のホームで
今にも接近する
田園都市線に吸い込まれそうになる
彼女を



後ろから抱きしめ



優しい言葉を





彼女の耳元で





「君は一人じゃない。俺も…大好きなフグが死んだんだ」




とかけてあげれます。















兵どもが眠る



相模川



行ってまいります。