半熟英雄

午前八時

前の晩宿泊した
会社の同期の住まいがある藤沢から






やや急ぎ目に
厚木の家路へ車を走らせておりました。








空腹と眠気との戦い
この時間の運転はいささか
様々な危険を孕んでおります。







いよいよ自宅も


目前でしたが




相模川を横断する






相模大橋
海老名市側のふもと







閑散とした駅舎











その正体こそ






小田急線 

厚木駅







小田急線には「本厚木駅


そしてそのお隣に「厚木駅



が存在します。







本厚木駅」こそが厚木市の拠点だ


といわんばかりに



厚木駅」周辺は

人の流れ、活気、その全てを




本厚木駅
に吸収されたがごとく







閑散としています。









そんな厚木駅の目の前を過ぎ




ふと横目をみると




なにやら
「営業中」と札が立った
茶店らしきものを発見






こんな人通りの少ない



休日の



朝も早くから営業を…





概観からみるに



どこぞやの




おしゃれな街の



おしゃれなカフェ





のような佇まい






その店が一軒
そこに存在するだけで











まるでこの

厚木駅前周辺が


パリ



シャンゼリゼ通りを
闊歩しているかのような



錯覚に陥る佇まいに思わず







車を緊急停車









いざ




今横を掠めた



厚木のシャンゼリゼの風を


浴びに行くべく






少し離れた
パーキングに入庫







厚木のシャンゼリゼに行く前に















こちらも

厚木小市民を脱却し









仏国紳士たる


武装

しなければ











その厚木シャンゼリゼの前の




ライトブルーが朝からまぶしい





蒼い看板のコンビ二へ
















ニューヨークタイムズを」










「はい?」











「おっと…聞こえなかったかな?まず君の耳につまった「からあげクン」を1個取り除きなさい。もう一度いうよ。ニューヨークタイムズを」










「は…いや、お客様、うちはおいていません」








「けしからん店だ。英字新聞すら読む習慣がないから我々日本人は諸外国からなめられるのだ。次から置いておくように。いいね?」









「はい…」












仕方なく









日刊スポーツを購入しいざ入店








なかから出てきたのは






どこかメルヘンの世界から飛び出してきたような








かわいらしい




フリフリの



ワンピースを着飾った




お嬢さんが二人












「いらっしゃいませ。何名様ですか」










「普段なら後ろにオードリーヘップバーンのような英国女性をバイクに乗せて連れてくるのだが、今日は私一名だ」







「はい……こちらへどうぞ」








席に通され一人メニューを
しげしげと見つめる









後ろで何やらこそこそ話をしている店員2名









きっと






「あの人、後姿がパンチェッタジローラモみたいで素敵。手元にある新聞もまるで英字新聞の様だわ。」










そんな内容に違いない








「すいません。タマゴトーストを」









「はいかしこまりました」







厚木にこんな



シャンゼリゼがあったなんて




日刊スポーツを握り締めたまま




エセ異国情緒に一人ふけっていると










「お待ちどうさまです。タマゴトーストです」






二枚の食パンに溢れんばかりの




スクランブルエッグが
これでもかと挟まったトーストが二枚







手で持とうものなら


見事にその中の具が




零れ落ちてくる






あふれ出るものを
手でキャッチしたために





手にも



タマゴが


スクランブルしてしまっている







その私の



小汚い手についた



タマゴも
舐めてみるが





これもまたうまい





ものの10分で食し
いざ会計へ







「お住まいはお近くですか?」










「目の前のセーヌ川をかけるベルシー橋を渡ったほとりのコテージで仮住まいをしています」








「……はい?」








「ところでお嬢さん、このタマゴトースト大変おいしかったですよ」














このセリフをはいた瞬間






どこか

そのお嬢の目に






一瞬







昔学生のころ





日本人相手に
よくわからない石ころを売りつける




タイの民芸品屋のオバちゃん




が見せた






商売人特有の眼光の鋭さ


のような

何かが



宿ったのを


私は見逃さなかった










「そうでしょう!お客様この卵、本当においしいんですよ!見てくださいこの卵の数!」








ふと横を見ると

確かに



どこか

次世代のパック形状に収納された





タマゴ達が


私の右脇に大量に



平積みされているではないか











「どうですかこの赤い色!とっても鮮やかでしょう」








なんて素早いんだ










私が平積みタマゴに目を奪われている隙に
瞬時にレジから回りこみ






私の右を取られてしまった




こいつ
グレイシー柔術の継承者か




「完全無農薬飼料のみを食べた鶏が産んだ卵で、あの綾瀬市の渋谷さんの農家がいつも持ってきてくれる卵なんです。もうこの近所の農協ではどこでも卸していないんですよ」








「あの綾瀬市の渋谷さん」






が育てる鶏の価値は


私には一切わからない















そして



「農協に卸していない」という事実









そんな



アウトローな卵であることは



褒められるべきことなのか







「オムライスにしてください!ふわっとして本当においしいです」









「オムライスを作る技術は私にはありません。あなたが私のお家にきて作ってくれますか?」








「簡単なスクランブルエッグでもいいと思います。焼いた後に残るあの変なにおいがまったくないですよ!」









「調理道具もキッチンも伴侶も一切ありません。時給は弾ませます。私の家でおめかけさんとして働きませんか?」










「そうだ!一番はたまごかけご飯で食べてください!ご飯に卵を割ってかけるだけです。醤油をかけないでぜひ!もう本当に最高ですよ!」
















私の伴侶になる提案の一切を無視し
さまざまな代替案を試みてくる










卵売りの少女








無類の卵かけご飯好きの私としては




最後の代替案は



確かに



かなりのパーチェスポイントとして




突き刺さるものがあり







「わかりました。1パックぜひ。おいくらですか?」






「10個で330円です。」













東京足立区


竹ノ塚のとあるスーパーで








「L玉10個 50円」



という札がついた














もはや





鶏が産んだ卵ではないのではないか





という不安がぬぐいきれない







卵を見かけたことがある










信じよう



比較対象が極端だが





この卵は




本物のはずだ









卵を購入し

卵売りの少女と別れを告げ









いざ家路を急ごうと









コインパーキングに小銭を投入





請求された300円を確かに投入



あれ


ロック板が下がらない



もう一度戻り



清算画面を見ると



残り100円という





4セグ表示が消えていない

















おかしい




300円確かに入れたはずだが…






機械が不調なのか


仕方ない



もう百円を




















しまった








高い卵を買ったせいで








財布に





小銭が




ない










5000円札1枚のみ



5000円札は使用不可






くそ

と思わず右手をあげようとすると







卵を持っていたことに気づき



いったん右乳首上部の




高さくらいまで上げた





右腕を下ろす











仕方がないから



先ほどの

蒼い…










ローソンに入店










「すいません」









「うちは英字新聞は置いていません」









「知っています。白飯を下さい」












レンジでチンをする



パックご飯を購入


大きい札が崩れ









ようやく





天高く



突き上げたまま




私の行く手を阻んだ




ロック板が下がる












ベルシー橋




いや








相模大橋を渡り







家路に着き


積み上げられた




10個の卵を見つめながら












ふと我に返る










一人暮らしの




料理もしない








ずぼらな私が




こんな高価な卵を





賞味期限以内に食せるのか





そして




その





リミットオブエッグも



もはや



1週間をきっている











偉い科学の先生方が額をつき合わせても



長いこと結論の出ない



因果性のジレンマ



「卵が先か鶏が先か」

















いや



すいません






先生方













伴侶作りが



先です