飯山寿司

街灯もない裏路地をただただ歩く





民家はある







店らしき看板もある












しかし



そのどれもが開いていない

















先日の台風の災禍は






ここ長野県飯山市にも






牙を向いてきた










長野県での営業は



出張が伴います












北信の豪雪地 





長野県は飯山市に初めての上陸





市内の宿で一仕事を終え






空腹を満たすべく散策を










タイミングがよくなかった






交通網も遮断され活気がない





神隠しをくらった



ゴーストタウン









とぼとぼ人影のない商店街を歩き





見つけた一軒の









焼き鳥屋…らしき建物


















「いらっしゃいませ」







年齢が極めてわかりづらい





パーカーを着た店員





となりでは同窓会だろうか





外の静けさが嘘のように






盛り上がっている卓






「飯山のスナックはどこがいいんだ?」





2件目に行く





店の目星をつける談義で





それは異様な盛り上がりを見せている











メニュー








冷奴


シーザーサラダ


唐揚げ


ぼんじり串













特に何か抜きん出た



スターメニューはない








もう一名の店員のお婆も





可もなく不可もない対応








でてきた焼き鳥の串







まずくも上手くもない









全て凡百




全て及第点




全てオール3






ここまでは、











そう、、ここまでは、、





















先程の遠くの卓が




また異様な盛り上がりを見せる








「大将!これめちゃくちゃうまいな!」





「サバですよ。うち寿司屋だから変なもの出さないよ」














寿司屋?











この店は寿司屋なのか?









「となりが寿司屋で、居酒屋と両方やってんだよ」






読心されたかのように





私の疑問符を消してくれた






謎の大将







「サバ??サバってこんなうめえの?すげー!」












あの鯖なのか?





メニューのどこにも鯖はない








「にいちゃん!ちゃんと撮ってる?」







はるか向こうの卓から








やって来た










先程の声の主











謎の大将









「撮ってる?とは…」









「写メだよ。焼き鳥をフェイスブックにアップしてよ。みんなやってるじゃん」







「私、そのようやものをやってませんで」













「しかしあなた見ない顔だね!飲んでよ!うちは日本酒がものすごい種類があるんだ!」












「なるほど…」









その前にサバだ







日本酒とかフェイスブックとか










どうでもよい









サバをくれ














「一人飲みか!出張じゃ寂しいね」














同情するならサバをくれ










「先程あちらの卓でサバを食べてませんでしたか?」







「あ、食べる?めちゃくちゃうまいから!待ってて!」









また奥へ消えていく大将












もはや先程まで





オーダーを取りに来た店員たちの




姿はない






幻を見たのか






「お待たせしました!」















固唾を飲んだ













久方ぶりの邂逅











食べなくてもわかる











間違いなく脂がのっている









しかも






酢で〆ていない











正真正銘の生鯖











「嘘だろ…」










本当の脂がのった鯖が持つ










特有のライトピンク












そのピンクの美しさは








奈良は吉野山の桜よりも







美しいと評価する







専門家がいる程だ














「早く食べてくれって言ってるよ」










大将の戯言も耳に入らない










握りと刺身の両方








何という気配り








一口いただく
















頬に一筋の涙










今まで食べ続けた




どの鯖よりも





美味い














三浦市の松輪で出会った






あの鯖を










この海のない長野県飯山で





軽く超えてきた
















あり得ない




鯖が美味い時期としては







若干怪しい










謎のポテンシャル


















「た…大将…これは…一体どこから」










「ほら!そこだよそこ!」












県の北部とは言え




まだ海は遠い

















「そこだよ!千曲川!食べてくれって上がってきたんだ」















何を言っているんだ




この大将は





この特殊な鯖は





淡水を駆けてきたと










連日の大雨でまさに濁流の如く




その勢いを増す千曲川












五木ひろしが唄う



あの千曲川のような慕情は










もはやない












大将は千曲川産の一点張り





なぜ産地を隠す












でもこの大将





どこか憎めない












「お兄ちゃん、奥さんは何人いるの?」










寿司屋の大将には見えない





軽さ









「これ、鯖に合うから飲んでよ!」











焼津の酒






磯自慢が出てくる










軽さの中に織り交ぜられる






温かな気遣い










「これはサービス」












名張の酒




而今












大将も何故か



座り飲み始める











聞くと御年88歳だと言う










見えない





本当に見えない












飯山で狸に化かされてるのか











「大将、ありがとうございました。また必ず、お伺いします」









「ほんとに?次はカスカスの鯖が出てきたりして」











お店の番号が書かれた



ボールペンをもらい後にする












壁のように立ちはだかる





飯山の積雪











寒くなる前に





また一度










化かされにお邪魔したい