利用案内

ロマンス




それは男女間の恋愛情事




その模様をさす





目まぐるしく過ぎて行く
日々の中でふと思う事




ロマンスはどこに落ちているのだろうかと


思いは馳せるが、
何も起こらない日々が過ぎ改めて思う事









ロマンスは
落ちているのではなく
自分で切り開くものだということ






探しに行こう
ロマンスを





探すにもまず場所を決めなければならない







ロマンスが
比較的発生しやすい場所はどこだろうか









六本木







西麻布







横浜ベイサイド













ちがう
もっと身近にあるではないか


























新宿〜箱根間を
ものの一時間半で結び



老若男女の夢をのせて


誰にも襷を渡さず



箱根路をただ一人で目指す


小田急グループが誇る特別急行
























小田急ロマンスカー














列車のネーミングに
ロマンスという文字をちりばめるなんて







なんていなせな列車なのだろうか




















シートの座り心地




リクライニングの自由度


前の網ポケットには
ペットボトルの他に






誤って連れてきてしまった小型犬くらいなら






ゆうに入るであろうキャパシティ





その一つ一つが最高のラグジュアリー







そして箱根路への期待を胸に抱く
乗客達の至福を

十二分に満たしてくれる
車内販売員のホスピタリティ








ロマンスが







否が応でも起こりうるその環境







私を含め
誰もがそのロマンスの訪れを
疑いはしなかった














































しかし今






私は










ロマンスカー





ラグジュアリーとは

何億光年も
遠くかけ離れた




















畳一畳にも満たない
独房の中に
一人閉じ込められている













鼠色の配管
銀色の蛇口
尻にじわりじわりと冷たさが伝わる便座




命のないこの光景達の一つ一つに



まるで冷笑をされているかのように


私は



独房に
一人閉じ込められている












全ては一瞬の判断違いだった







小田急ロマンスカーにご乗車のお客様は乗車券のほかに特急券が必要となります」








車掌のこの猿にでもわかる親切なアナウンス







私はこともあろうか
このアナウンスを蔑ろにし
ロマンスを求めるのに必死のあまり
乗車券のみで



この小田急ロマンスカー
乗り込んでしまった。













新宿〜本厚木間
事前購入であれば550円








車内で購入した場合















850円










無賃でロマンスを求めようとした
不届き者に制裁を加えるのには
ちょうど良い反則金である
















自首しよう






ほんの気の迷いだったことを




発射時刻が残り1分を切り
購入する間もなく
乗り込んでしまった


事情を話せばきっと
ぽっぽや(鉄道員)達も
頷いてくれるに違いない










この独房から早く脱出を試みなければ













もうすでに






追手が
私の長時間の
便器占有を
ノックで勇みかけて来ている










独房で一人読んでいた
週刊フライデーに掲載されている








芸能人達のロマンス







奴らは何を呑気にロマンスに
うつつ抜かしているのだろうか











とりあえず独房を出ると
目の前の屈強な男が







「お前どんだけう○こ長いねん」
という目つきで私を睨みつけてくる








お前に私の何がわかるというのだ






まず冷静になり

下界のラグジュアリーを
吸いに行こうではないか












車内に広がるは
菓子パン等の総菜とさきいか
柿ピー等の酒肴の匂いが入り混じり




食欲をそそりそうでそそらない
何とも言えない芳しい匂い







若いカップルは旅行雑誌をみながら
これから訪れるであろう
箱根でのロマンスを語り合い





老いた夫婦は
車窓に映る流れゆく景色を眺めながら
今まで二人で過ごしてきた
ロマンスを語り合う






私を除いた乗客全てが
それぞれのロマンスを既に
手に入れているではないか











♪ボーイミーツガール



幸せの予感





きっと誰かを感じている










きっと

私もロマンスを手に入れられるはず

早く自首をしよう






私は乗務員室に足を向けようとしたその時















正面から







追手が














ぽっぽや(鉄道員)が











しかも2名


やってくるではないか






























なぜだ












相場は1名だろう














無賃乗車の取り締まりに


2名人員を配置するなんてただ事じゃない










電鉄系巨大組織
小田急グループの目論見はなんだ








そして私の罪はそんなに重罪か










まさか奴らは
メンインブラックか







そして私はエイリアンなのか















いったん引き揚げよう

独房にこもってもう一度仕切りなおしだ







私は即座に
独房方面へ踵を返す






菓子パン&柿ピーの芳しい匂いを振り切って








無事
車両連結部分にある
独房へ到着するも








先ほどの屈強な男が洗面所で

ありもしない髪の毛をいじりながら






「お前どんだけう○こ出んねん」







と鏡越しでまた私を睨みつける














お前には見えないだろう
私が背中に背負っている
悲しい十字架が









車両連結部から見える外の光景に
ふと眼をやると







柿生駅の看板






もしや

ゴール(本厚木駅)は
すぐそこまで来ているのではないか













このままいけば

いわゆる











時効







骨の髄まで善人で形成された
私の人格に








一瞬だけ魔がさした


同時に不思議と安堵の気持ちが体中を廻った











そして
長き逃亡生活の疲れだろうか




恐ろしい眠気に
急に襲われる



背後から
名探偵のチビ坊主が
よく乱射する麻酔銃を撃ち込まれたかのように









その場に私は


しゃがみ込んでしまった


















そして





とても
いい夢を見た





海辺で

女の子と
手をつないで






何かを語らう夢






将来のこと








好きな食べ物のこと









飼っている犬のこと








そして目の前に犬が現れ









それに近づいてじゃれる女の子




幸せだった







きっといい顔をしていたに違いない









女の子が犬を見送り
私を振り返り

一言つぶやいた


















「もしもし」












しかし
それは女の子の声ではなく
















太い40代半ばの成人男性の声







夢から覚め






目の前の光景を確認するや否いや






幸せだったに違いない顔に














漫画「ミナミの帝王」の
萬田銀次郎ばりの戦慄が走る























「もしもし、すいませんが特急券を拝見させてください」























午前10時17分

相模大野駅にて







特急料金無賃乗車客











確保





















♪フォールインラブ




ロマンスの神様





この人でしょうか

























そうです



私が

















無賃乗車客です



















特急券は、必ず乗車前にお買い求めください。特急券を購入しないで乗車した場合は、車内で特急料金に300円(サルーンは1200円)を加算した料金をいただきます(席の指定はいたしません)。



以上



小田急グループからの
特急車両ご利用案内となります。