厚木英雄

忍耐力



それはどんな逆境でも
辛抱強く何かを待ち
耐え抜くこと




仕事 
スポーツ
恋愛



物事を遂行する上で

肝となる力である




その日
私の忍耐力は
崩壊寸前を迎えていた





とある町の
とある青い看板の
某コンビニ





その店舗の奥の
暗がりの中に
ひっそりと申し訳ない程度に
設けられた




男性女性兼用トイレ





その部屋の扉をあける
そのカギは


何者かによって
閉じられたまま

かれこれ


5分がたとうとしている





2011年度師走

かつてない強敵の襲来


私の中の黒い彗星は
もう大気圏への突破を
今か今かと待ち望んでいる




今その便所を占拠している
小市民よ




いったい君は中で何をしているのか



さっき買った
週刊少年ジャンプ
ハンターハンターが面白すぎて
大便を出すのも忘れているのではないか






だったら外に助けをもとめてくれ
私がその続きを
寝ている君の枕元で
優しく耳元にささやいてあげるから




さっき買った
インベーダーゲーム
思いのほか進んでしまって
両手をふさがれ
脱いだズボンをはくことができないのではないか



だったら外に助けをもとめてくれ


私がその降りきったズボンを
聖母のような優しさではかせてあげるから



さっき買った
般若心境全集を
明日の葬儀のために
全部暗誦しようとしているのではないか




だったら外に助けを求めてくれ
そんな苦行をしなくても
明日は坊主が代わりに読み上げてくれるから








出すもの出して
早く出ておいで






その個室の前には
一列に本棚がもうけられており





その前を



制服姿の女子高生4人が群れをなし
各々違う女性誌を見ては
他愛もない会話を大声で撒き散らしていた


「マジ」
「ウケル」
「チョウキショインデスケド」




この3つの言葉だけで
構成された彼女達の会話には
何の見識もみいだすことができない




そんな集団に本棚を占拠され




雑誌コーナーで
本を購入したいのに
断念し

悲しみの淵に立たされている小市民が

いまこの店内に何人いるだろうか






かつてない
手ごわい黒い彗星との戦いにより

気付かぬうちに
私はいつもの数百倍の
洞察力を手に入れていた。





きっと個室にとじこめられた
小市民も




あの
お下劣女子高生の
入り口付近の占拠により
外への突破のチャンスを
失っているのではないか






だったら私に任せておけ


小市民よ





私が
その連中を
退治してやろうじゃないか












私は
その集団の背後に
そっと忍びより





何食わぬ顔で
ビジネス誌を手にとる





フェイントをかけ





無音悪臭


黒い彗星突破間近の

計り知れないそのクオリティを持った






放屁キャノンを発動








腐れ女子高生A「うわくせっ!」


腐れ女子高生B「う○こみたいなにおいがする…」


腐れ女子高生C「お前屁こいたっしょ!!」


腐れ女子高生D「は、私じゃないし!お前の×××のほうがよっぽどくせえだろ!」



腐れ女子高生C「てめえなめた口きいてんじゃねえよ!表で出ろコラ」





残り香がまだ消えない
店内の中
私は一人ジャンダルクのような
英雄気取りで





トイレの中の小市民に囁いた




逆賊はそとへ追っ払った





さあ

その扉を開けて
自由の国へ飛び立とうではないか






しかし
扉が開く気配は全くない





外ではさっきの
腐れ外道どもが喚いている





店内では他の小市民達も
残り香のせいで顔をしかめている






まさか









私が一番の
腐れ外道ではないか






ジャンヌダルク
フランスの英雄になれず
宗教裁判で断罪されたように








私も厚木の英雄には
なれなかったか





すでに
黒い彗星は頭を出し
その戦いにも負けた私は



女子高生達に敬礼し



用もないが
用を足すために
向かいのパチンコ屋の
喧騒の中へ
消えていった。