銀座之母

午前0時 銀座7丁目交差点



昼間の賑わいが嘘のように





夜になると







この街は






人の営みの一切を奪い

街頭のネオンと夜の商売の看板だけが煌々と光る

無機質なゴーストタウンと化す








小奇麗に碁盤の目に整備されたその歩道




夜道だが暗闇から何か不審者が出てくるような


決してそんな不安感はないが






余りにも小奇麗にされ過ぎていて


否が応でも冷たい印象を受けてしまう









頼りにしていた
知人が勤めるバーが臨時休業



既にシャッターを閉ざした
高級ブランド店、大型百貨店が軒を連ね

この街で伝手を失うと





有楽町の駅まで戻るか
はたまた中央通りをひたすら歩き
酔い街新橋へ突入するか





歩むことを試みないと
代替え案の一切が利かなくなる








どうしたものかと
途方に暮れる





バーニーズ ニューヨークの


これまた小奇麗な格好をしたマネキンが





能面みたいに
表情を持ち合わせていないはずなのに





ガラス越しにこちらを見ながら





冷笑しているように映る








中央通りと外堀通りの間の路地を行ったり来たり


次の一手の思案にふけっていると








ふと道の途中




歩道の隅に


これまたバーニーズのマネキンのように




その表情を一切変えない
初老の女性が




ちょこんと鎮座していた





遠巻きに見ると


あまりにも地味な格好から




この街に決まって午前0時になると現れる








座敷童子









一瞬何者かの判断を迷ったが








「手相占い」



と書かれた



赤く光る灯篭を見て




易者であることに近づいて判断ができた








普段なら無視をして先を急いでいただろう










しかし







この先何十年の未来はおろか


終電もないこの街での


今日一日の過ごし方ですら



先行きが見えない前途多難な状況










「すいません。1回おいくらですか」





気がつけば

易者に

無心で声をかけていた自分がいた












「3000円です」





なるほど





高い






そんなものなのか









この街ならではの相場なのか




よく「○○の母」とか呼ばれる
カリスマ易者達は



うん万という額を請求すると言うではないか





3000円あればカチカチ山銀座店で

あのとってもまずい枝豆が嫌というほど食えるぞ






3000円という金額の妥当性にこれまた判断を迷い








「す…すいません、初回値引きとかってありますか」





一見さんで手相占い童貞であることを理由に



謎の金額交渉に出るも







「無理です。明日もいますからお金がないから明日来てください」










こいつは機械か







とうてい人の感情がこもっているとは
言い難い応酬をくらい腹が立ち







「じゃあ二度と来ません」







とこちらもその口調を真似応酬













20メートルほど歩き






せめて







新橋か有楽町か






どっちに行ったら今日の私が救われるか






その答えだけでも得られたらどうか





さしてこの後路頭に迷うだけだ







ああ




なんて意志薄弱なのだろう






踵を返し
また易者の待つところへ戻る








「すいません。先程は失礼いたしました。3000円でお願いします」





「わかりました。生年月日を教えてください」





言われるがまま生年月日を伝え





「左手を見せてください」





「右手じゃないんですか」





「先生によって異なりますが左が30歳まで、右手が30歳以降です」






「なるほど…」





そうなのかとここは飲み込むしかない









「あなたはどんなお仕事をされてますか」






「営業職です」







「そうですか。技術的な専門職の方が向いています」







「へえ…ちなみにどんな」






「そうですね、ITとか」







「IT…ですか」












「パソコンを設計するお仕事とかどうでしょうか」






















このババア


ITの意味しっとんのか


なんかかっちょいいから使ったのか








次第に3000円払ったことの後悔に襲われ始める







「時機に転職を視野に考えた方がいいかもしれません」






「わかりました。職の話はこの辺にしましょう。ちなみに健康面は…」








次第に私の方がしゃべる量が多くなる










「胃が弱いとみた」






なんなんだ








その当たればラッキーみたいな口調






「正解!…っておい、安いクイズ番組の山瀬まみか!」








「…」






再び能面に戻る易者老婆






確かに連休でバカ食いした
トリガイに当たったのか








謎の胃痙攣を2日前に患った






この易者老婆

見込みがあるかもしれない












調子に乗り
矢継ぎ早に質問を繰り返すと








どんどんその能面フェイスを曇らせていく




易者老婆










「もしかして時間制限ありますか」









「そうですね。およそ10分です」





















なんて



短いんだ














植村花菜

トイレの神様

10分4秒














脱腸したころの私

「トイレの大便時間」

平均15分











トイレの神様も聞けねえし、脱腸したら大便もできないじゃん」







「は?」








「じゃあ次で最後にします。今日私は有楽町に行くべきですか?それもと…」







「速やかにご自宅へご帰宅ください」












「終電がありません」








「…」








「どうしてくれるんですか。添い寝しながら絵本でも読んでくれませんか?」







「…お帰り下さい。」








悪ふざけが過ぎたと反省し





迷いの中彷徨う蛾のように






比較的灯りの多い有楽町方面へ方向転換する




一体何を得ただろう




胃が弱いことは改めて痛感したが







信号待ちにてふと横を見ると



雛形あきこ似の妖艶な易者を発見




思わず





「おいくらですか?」








「2000円です」








しくじった…











「なるほど、お安いですね。回春マッサージですか」











「……ちがいます。手相占いです。」









その妖艶さに






人一人を殺めたような





冷酷な眼差しが宿る







「失礼しました。手相ならまた来週きます」








ビギナーズであること






そして
無知であることは







時に時間と金銭を奪い





その結果





いったい何の益をもたらしたのか
自分でも答えが出せなくなることがよくあります。





何事も初体験は







市場価値と




相場と




相手を






よく見極めたご判断を